大阪高等裁判所 昭和56年(う)1609号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【説明】
開廷後裁判官がかわつた時は、公判手続を更新しなければならず、手続更新は、公判調書の必要的記載事項とされている。公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは、公判調書に絶対的な証明力を付与されているが、これは公判調書の記載の正確性につき訴訟当事者の異議申立権が認められているからであり、本判決引用の最高三小判昭47.3.14(刑集二六巻二号一九五頁)は、異議申立権の行使が妨げられている場合には、右の証明力は排除されるとしている。本判決は、これを前提とし、本件原審の第一〇回公判調書に挿入された公判手続の更新に関する記載は、異議申立期間後になされたものであると認定し、右記載部分については、前記の証明力はないとした。この結果、本件原審における公判手続の更新の有無については、公判調書に記載がないのと等しいこととなつたのであるが、公判調書の記載がない手続については、他の証拠により当該手続の履行の有無が決せられることとなる(公判手続の更新に関し、大阪高判昭45.1.30判時六〇九号九九頁等)が、本判決は、公判手続の更新が行なわれたことを推認させるものがないので、手続更新はなかつたといわざるを得ないとし、本件原審有罪判決の証拠の大半が、裁判官交替前に取調べられているので、右手続違背は、判決に影響を及ぼすとして原判決を破棄し差戻したものである。
実務上珍しい事例と思われるが、参考事例として掲載する。
【判旨】
控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は、原審の訴訟手続には、開廷裁判官が交替したのに公判手続を更新しなかつた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
よつて検討するに、記録によると、原裁判所は、裁判官寺田幸雄によつて本件第一回公判を開廷し、第九回公判に至るまで同裁判官によつて審理が行なわれ証拠調べが重ねられてきたが、第一〇回公判において裁判官安井正弘が交替して本件審理を担当し、証拠調べを重ねた後弁論を終結し、昭和五六年九月二九日の第一七回公判において、同裁判官が、自己の作成した判決を宣告したことが認められる。
ところで、原審記録中の第一〇回公判調書には、「出頭した証人」の記載と「証拠調べ等」の記載の行間に、「加七字」、「加一九字」と欄外に記載したうえ、「公判手続の更新」、「裁判官がかわつたので公判手続を更新した」との合計二六文字の挿入(以下「本件挿入」という。)があり、それぞれ同調書作成者である裁判所書記官の訂正印が押捺され、また裁判官認印欄には安井裁判官の認印が押捺されている。しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、杉田弁護人が原審の記録謄写の許可を受け昭和五六年一〇月二九日に右第一〇回公判調書を機械謄写させた時点においては、同調書に前記裁判官の認印は押捺されていたが、本件挿入部分の記載はなかつたと認められる。したがつて、本件挿入は、裁判官の認押捺後でかつ昭和五六年一〇月二九日以後になされたものであることが明らかである。
してみると、本件挿入は、刑訴法五一条二項の公判調書の正確性に関する異議申立期間経過後になされたものであつて、その正確性について同条の異議申立権の行使する機会が全く与えられなかつたことになるから、本件挿入部分には、刑訴法五二条の証明力が排斥されていると解すべきである(昭和四七年三月一四日最高裁第三小法廷判決、刑集二六巻二号一九五頁参照)。そして、本件挿入が公判調書の必要的記載事項に関するものであるにもかかわらず右の如き時期までその記入がなされていなかつたこと、第一〇回公判における裁判官の交替以後の公判においてもつぱら被害弁償に関する証拠調がなされていて公訴事実に関する実質的審理は殆んど交替前の公判においてなされていること等の事情に徴すると、本件挿入部分の形式的な記載以外に公判手続の更新が行なわれたことを推認させるものが見出せない本件においては、公判手続の更新は行なわれなかつたものと認めざるをえない。
そして、記録によると、原判決が被告人有罪認定の資料に挙げている証拠は、判決裁判官である安井裁判官が第一二回公判で取調べた証人左藤二郎の供述と第一四、一五、一七回各公判における被告人の供述を除き、他はすべて同裁判官が審理を担当した第一〇回公判より前に寺田裁判官によつて取調べられたもので、しかも所定の更新手続による証拠調べを経ていないものであつたことが認められ、かつ第一〇回公判より前に取調べた証拠を除外すれば原判示事実はとうてい認定することができない状況にある。
したがつて、原審の訴訟手続には、開廷後裁判官が交替したのに公判手続を更新しなかつた違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
(矢島好信 杉浦龍二郎 石塚章夫)